親の声

ここでは入園して良かったという保護者の声を紹介しています

 卒園児の親

 我が家がふきのとう保育園の存在を知ったのは長男の発育に戸惑いを感じていたころ目にした朝日新聞埼玉版の記事でした。そこには真冬にパンツ一丁でネギ焼きをかじる子供の写真とうろ覚えですが、子どもの成長を大きな樹にたとえ、根っこの部分を大事に健常児も障害児もともに育っていこうというような記事だったと思います。これだ!と直感的に思い、意を決して見学に行きました。思った通りの自然たっぷりの環境で、すぐに入園を決めました。入園後間もなく病院で自閉症と診断され、当時私はとても気持ちが不安定になりました。母子通園をしていたので、保育園で泣いたこともあります。いろいろな場面で保育士さんや保護者の皆さんに助けられやっとの思いで生きていた気がします。

 息子は水が大好きでたくさん遊ばせて頂きました。一方で歩くことが好きではなく、座り込んで抵抗する息子を動かすのは大変でした。今思えば認知・理解力がまだ乏しかったためと思います。今では山でもどこでも説明すれば大人がついて行けないほどしっかりした足取りで歩きます。同年代の子どもたちの運動(水泳や球技など)の習得が難しい中、歩くということは息子にとって大事な基本の運動となっています。やはり保育園時代のあの園庭の斜面や週1お弁当のお出かけ等保育園生活のおかげと思います。

 入園した最初の半年と娘を生んでからの午後の母子通園はいろいろなことを学んだ期間でした。給食時にまだ幼い子どもたちが自分でご飯やおかずをよそる姿はかわいくもあり危なっかしくて、でも大人は余計な口を出さず見守っていて、こぼしても怒ることなくそうじをする。子ども同士のけんかもそうでした。ある程度の年齢になれば火やのこぎり、包丁も使う、生きるための道具です。その時間の子どもたちの楽しそうなこと。ふきのとう保育園生活を知らない私であったら、あぶない、あぶないとやらせなかったことでしょう。現代生活の中ではなかなか難しくなってきたこともたくさん子どもたちは体験できました。少し離れた園の畑にバケツなどの道具を持って歩く園児の姿は今でも目に焼き付いています。いろんな子どもたちと出会いました。ふきのとう保育園では一人一人をとても大切に育てていて、保育園とはただ子どもを預けるところと思っていた私には衝撃的なことでした。

 また母子通園の楽しみは美味しい給食でした。給食はふきのとう保育園のきめ細やかさがとても現れていて、食についてもたくさん学びました。お腹がすいて、自分の手で大きいにんじんをにぎり、かじりつく離乳食時期の子どもたちは本当にたくましいなと思いました。

 午後の母子通園はS親子とのお散歩でした。Sさんとはたくさんのことを語り合い良き友となりました。保育園は子どものためだけでなく親の居場所でもあると思いました。クラスごとの懇談会では各家庭の様子や悩みを打ち明けたり、各行事でも保育士、保護者ともよく話し合いました。自分の考えや意見を持ちそれを表現していくことの大切さや公の場に物事を勧めていくプロセスも知りました。話し合うことで見えてきたことも多かったです。

 これは私自身の経験であり、私のふきのとう保育園への思いです。十人十色、いろいろな見方もあると思います。私としてはぜひ一人でも多くの方々にふきのとう保育園を体験しいろんなことを感じていただきたいと強く思い、今回の原稿依頼をお引き受けいたしました。

 卒園児の親

娘は幼い頃から筋肉が弱く、通常の乳幼児の発達過程の二倍の時間がかかっていたため、今後の発達に危惧を覚えた私たち夫婦は、三歳の途中からふきのとう保育園に転園しました。

『ふきのとう』というと、よその人からよく聞かれるのが、
  「テレビ、見せちゃだめなんでしょ?」
  「お弁当に冷凍食品入れられないってほんと?」
  「いつもどろどろだから洗濯物が大変そう。」
で、その後必ず
  「窮屈で子どもがかわいそう。」
  「うわー、無理。私にはできない。」
といわれますが、それってどうなんだろう???
確かに現代の、大人中心の世の中からしたら、大人目線で見ればすごく大変で窮屈なのかも知れませんが、子どもに寄り添い、その育ちを最大限に伸ばしてあげたいと思えば、どれも当たり前のことのように思います。

 例えば・・・・・・。
 娘は体力に自信がないせいか、新しく物事を始める時とても臆病でした。でも私も「筋肉が弱いんだからしょうがない・・・」と思ってそれを許していました。
 年長児は運動会前から卒園近くなると、卒園式のリズムに力を入れるようになります。卒園式のリズムは保育園時代の集大成。しかし娘は特に側転が苦手で、なかなか足がきれいに伸びずにいました。
ある日私がお迎えに行くと、もう6時半近いのに二人の保育士さんが娘に側転を教えていました。
  「逆立ちすると足がピーンと伸びるよ!」
  「ここであきらめないで!」
見ると、その言葉に励まされて、娘の足がだんだん伸びてきているのです。
  「見て、お母さん、ほら、できるんだよ!」
それを見た時私は、自分が勝手に娘の限界を決め、自分が楽をしていることに気づいたのです。と同時に、「早く早く!」と急かすことで、子どもが納得できるまで考える時間を奪っていたことなど、いろんなことに気づきました。
きっと、テレビとかを見せたり、いろんなことに手を抜いて子育てをしていたらずっと気づけなかったと思います。
 振り返ってみると、なんて幸せな三年半だったんだろう。改めて子どもだけではなく、親も育ててもらったことに感謝の気持ちでいっぱいです。

娘は今、小学二年生です。滅多なことでは休まない強い体、あきらめない粘り強さ、手を抜かず労働を楽しんでやるところなど、保育園で培われた力を元に、毎日楽しく学校に通っています。
この間、ふと何かの拍子に
  「大きくなって子どもを産んだらふきのとうに入れるんだ!」
と言っていました。きっと娘にとって、ふきのとうは“いつでも帰れる大切な場所”に育っているんだな、と、とてもうれしく思いました!

 在園児の親

 ふきのとう保育園の門扉を開けた瞬間、目の前に広がるのは、覆い茂った万緑の樹木、そして温かな土の匂いと木々を揺らす風の音、芝山を登ると眼下には一面の田園風景、ここが保育園?と疑ってしまうほど素晴らしい環境にふきのとう保育園はあります。
子供が入園して1年半ですが、今でもこの感覚は衰えることなく五感で新鮮に感じ取ることができます。そんなことを思いながら、自然を目の前にいつの間にか深呼吸しています。

 自然とともに生きている園児たちは、みな心身ともに充実しています。
それはふきのとう保育園は常に『本物』志向、『本気』主義だからです。保育士はいつも全力で子供たちと向き合います。そしてできるまでやらせる、途中であきらめさせない。その為の時間は惜しまず、みんなで待ちます。
だからこそ子供は何事にも真剣に立ち向かい、最後までやり切るのです。何かをやる時、まなざしは真剣そのもの。できた時はみなで喜びを分かち合い、できない時は周りの子が応援する、助け合いと思いやりの空気が自然に漂っています。
 ふきのとう保育園では、子供をほめる時、『ステキね!』という言葉を使います。これまで「おりこうね」「上手ね」「いい子ね」と育ててきた私達には新鮮な響きでした。リズム体操の時、絵を描いた時、お手伝いをした時、ご飯をピカピカに食べた時、保育士は『ステキね!』と声を掛けてくれます。「1番」で「上手」で「おりこう」にこだわっていた我が子は今、『ステキ』になりたいと願っています。その笑顔は無邪気で輝いています。

 ふきのとう保育園は共同保育です。保育士、保護者、後援会が協力し合い運営しています。だから保護者も保育活動に参加します。活動は部に所属し、各種イベントの企画、運営。また保育参加があり、子供とともに保育の体験をします。参加することにより、子供の成長を直に感じ、我が子だけでなく園児ひとりひとりに愛情を感じるようになります。
 今、子供たちはしなやかでたくましい樹となる為、土と水と光と友達という栄養をたっぷり与えられ、どんな嵐にも負けないどっしりとした根を張っている最中です。この重要な時期にふきのとう保育園と、この保育園を作り上げてきたOB、保育士、後援会、保護者、すてきな園児たちにめぐり会えたことに心から感謝しています。

 在園児の親

最初にふきのとう保育園の子育て支援に来たのは娘が生後4ヶ月の頃。
初めての子育て。戸惑うことも多々。2人きりで過ごす毎日に飽きてもいました。
そんな時でした。
冬でしたが日の光がたっぷり降り注ぐ園舎はとても暖かく幸せ感いっぱい。そんな中でわらべ歌を歌って赤ちゃん体操をしてもらったり、まあるく抱っこしてもらったり。それだけで日頃の育児への不安や悩みもふっと軽くなるようでした。
赤ちゃんの背中を叩いてはいけないことや(産院ではミルクの後げっぷをさせるために赤ちゃんの背中をばしばしたたいていました・・)背中がまあるくなるように抱っこしてあげることが赤ちゃんの緊張をほぐして気持ちよくしてあげられるということもここに来て初めて知りました。目からウロコ。学ぶことも多かったです。
そんな風に過ごしながら園の子供たちの様子を眺めているとみんなのびのびしていてなんだかとっても楽しそう。先生方もとっても熱心。こんな環境で成長していくことができたらなんて幸せなんだろう。

でも、何かと保護者力を問われてちょっと大変そう・・
実は最初そんな風に思うことも・・。確かに少し大変なのかもしれません。でもそれは子供の事を第一に考えた結果なのでしょう。
紙おむつは使わずにパンツです。洗濯物は毎日山ほどかえってきます。それでもその洗濯物の多さを誇らしく思えるこの頃です。今日もめいっぱい遊んできたのね!と。

水遊びに砂遊び。おなかがすいたら安心で優しい手作りのごはんをたくさん食べて・・。
生きるためのベースをしっかり培って健やかに成長している娘を見てはふきのとうに出会えてホントによかったなと心から思えるのです。

ふきのとう保育園と共に15年

 長男が生後6ヶ月から母子通園を始め次男が生後3ヶ月に入所・学童を6年間、いつの間にか15年が過ぎ去ってしまいました。
当時は、保育園建設に関わった父母が多く残っていて、原野状態の園庭を毎週毎週雨の日も日照りの日も作業が続いていました。今は、作業日を決めて整備できるほどに整ってきましたが、そのころは、毎週保育園に行けば、作業があるのでした。先輩のお父さんが言いました。
「よくこの保育園に子供を入れたね!?」
思わず言った言葉は、
「こんなに大変だとは、思いませんでした。!!」
それを聞いていたお父さん達が、一斉にこそこそ笑っていました。
不思議と、その雰囲気がほのぼのしたいい感じだったのを今も覚えています。
 その年の総会で保育園の運営が大変厳しく、これ以上保育料を値上げすることは出来ない、されど保育の質を落としたくないと、今と全く同じ論議をしていました。
その中でいつも出る結論は、
「足りない分は、みんなでつくろう!!」
と言うことでした。
私は、この話し合いの後、当時の出井運営委員長から、副運営委員長に成って欲しいと言われ、この保育園の為、何より子供達のために何かしたいと決意したのです。共同保育所のふきのとう保育園は、度々集会があります。開設当時は、気が付くと東の空が明るくなってきて慌てて解散したり、午後12時を越えることも日常茶飯事です。保育園の存続に関わることが多く、なんとかしなければと、とことん話し合っている内に、時を忘れてしまうのです。
 長男は、乳児の時に熱性痙攣を何度か起こしていました。ふきのとう保育園の保育がこの子の発達や育ち方を心配して脳波の検査を受けるよう進められたのは2歳の時です。将来てんかん発作の波形があることが解ってから、今出来ること、しなければならないことを千葉園長に教えてもらいながら、実践することで家族の生活も一変して行きました。必ず朝5:00に起きて外気を家の中に入れ、着替えてから散歩。朝御飯が出来る頃に帰ってくる。プラスチックのおもちゃを止め自然素材のものに。保育園から帰るとお風呂にご飯。読み聞かせながら8:00に就寝。いつの間にかテレビのない生活が出来上がりました。長男は、中学3年生まで、PM10:00には寝てAM5:00に起床するようにしています。保育園のリズムを今も大切にしていこうと思っています。
保育園に関わる内に、
「自分の子供が育つには、回りの子供達も一緒に育ち合わないといけない。」
と思うようになりました。仕事を終え帰宅すると、まるで保育園の様。親の寝るところも無くなってしまうことも度々でした。子供達と関わることで、それぞれの子供の個性や、各家庭での過ごし方も解ります。やがて、子供達を通して、親同士が学び合い、支え合い、育ち合いながら、自分が社会人として自立しなければと気づきました。勿論、保育の学習会や、千葉園長はじめ、職員の援助と叱咤激励の賜です。
 年長になった長男は、体が小さくいつも最後になってしまう子でしたが、最後までこつこつとやりきる子に育っていました。ある日、園長から
「朝、送ってきたら一緒に雑巾掛けをしてくれるとヒロちゃんが喜ぶと思うよ。」
さすがに仕事の前に慌てて送ってきて、雑巾掛けは出来ないと言ったとき千葉園長は、
「親が出来ないなら、保育園はみないからね。」
何も反論できず、次の日から、着替えを持って、年長さんと雑巾掛けの競争を楽しんだのです。この時の千葉園長は、年長になった集団に親としてどう関わっていくのか、自覚させようとしたのではなかったかと思います。そうこうする内に、一人又一人と、子供と楽しそうに雑巾掛けをする親の姿が多くなっていったのです。
子供達にも無理をさせない千葉園長が、ここぞと言うときは、出来る力を見定めて、しっかりと要求する態度は、何とも凄みがあり、親の責任を自覚させられます。
 歩き始めたのが1歳5ヶ月の長男が2歳の時に始めた山登り。保育園の用事がないときは、他の家族を誘って必ず出かけるようになりました。朝5時におきて、お母さんに、おにぎりを作ってもらい近くの山を登ってから、登園したこともありました。
そのうち登山に「はまってしまった」父母が何人もいたことは、想像していただけると思います。
 年長を卒業し地元の学童保育所に入れようと考えていた時、ふきのとう保育園で本格的に指導員を配置し、学童保育所を始めようと言う話が持ち上がりました。小学前の学習を敢えてしてこなかった長男にとって6年間過ごした保育園に放課後戻れたらどんなにほっと出来るか分かりません。保育園から車で15分かけ、迎えに来てくれるとのこと、ここまで長男のことを考えてもらえる保育園で本当に良かったと思いました。
 学童の子供集団は、様々な問題や事件も引き起こします。田圃を荒らしたり、大事な竹の子をなぎ倒したり、仲間を排除したり、数え上げればきりがありません。そんなとき必ず指導員の桂川さんは、子供の目線で話し合いを持ってくれました。現象の陰で子供達の心が疲れていることや、親の心構えを教えてもらったように思います。
 この保育園で一番育ててもらったのは、親だったのではなかったかと思います。
保育園や子供達の為にこれほど夢中になれる大人達がどれほどいるでしょう。大変なことが多い分、やり甲斐もあります。その達成感は何より貴重なことだったように思います。子供達は、そんな親を見ていると思いたいです。この保育園を卒所した子供達が、知らず知らず、親の生き方を感じ取って、やがて社会人となったとき、どんな大人になってくれるかがとても楽しみです。

卒園児の親


 「ふきのとう保育園にめぐり合って」
  在園児父

 私は2歳児の長男と0歳児の次男を預けている32歳の父親です。私と妻は、この保育園にめぐり合えたことに感謝しています。また、このようなすばらしい保育園が私たちの住むこの岡部町にあったことに幸せを感じています。このような表現は大げさに思われるかもしれませんが、けっしてそうではありません。ふきのとう保育園は、明らかに他の保育園と「違っています!」。いいかえれば「変わっている」といえます。そこが私たちの気に入ったところなのです。それでは、何がちがうのでしょうか?たった2年間の体験ですが、そこで得た私なりの考えを述べさせてもらいます。

 私は、ふきのとう保育園の保育理念が大好きです。そのなかで「子供たちの全面発達」ということばをよく耳にします。熟練の保母さんは、私にこう教えてくれました。「健全な精神は、丈夫な体に宿ると」。保育園の子供たちは、1日中、自然の中で体をいっぱい使って遊びます。木登り、川遊び、昆虫採り!現代の子供がほとんどしなくなった、泥水遊び!だって、日課のようです。食事は、すべて手作り、たくさんの自然の素材を使います。おやつのジュースとビスケットなんて、もちろんありません。ぜいたくな食事が2度もあるのですから。こうして子供は、丈夫な体を作っていきます。健全な精神は、体を丈夫にすれば「自然」に宿ってくるそうです。自然とは、強制でなく、子供に自ら判断する余裕をあたえることだそうです。保育園では、子供は好きなことを自分や仲間たちと決めて行います。お遊戯の時間やお絵かきの時間が決まっているわけではないのです。子供たちは、良いこと、悪いことなど、社会のルールを自分たちの経験から身につけていくしくみになっているようです。

 文章にすると一見あたりまえのようですが、これを実際に行うのは大変なことだと最近わかってきました。とんでもなく、手間と時間とお金がかかるのです。子供1人あたりの保母の数も、国の基準より多くなりますし、食費は、膨大です。当然、保育園の財政状況も良いはずがありません。

  この保育園では、子供がすべての中心にあります。親や保母ではありません。子供を育てる保育園なのです。けっして、託児所ではないのです。子供の全面発達とは何かをいつも考え、まずそれを実行します。親や保母の都合は、その後なのです。時には、親は自分の考え方や生活サイクルを変え、子供中心にしなくてはならない時もあります。

 このような保育園を支えているのが、保母や父母のふきのとう保育園とその保育理念に対する思い入れだと思います。保育園は、父母と保母で共同運営されています。特別な経営者がいるわけではありません。ですから、父母や保母全員が自分の保育園だと思っています。父も母も父母も、みんなで保育園と子供たちを支えているのです。古きよき時代の「村社会」は、こうだったのかなと、考えさせられます。

 私たち夫婦は、何もわからないまま、子を持つ親になりました。そして、この小型版「村社会」を通し、いろいろなことを教えてもらいました。また、保育園の保育を信頼することにより、保育に対する不安がとても少なくなりました。わが子供たちも、熟練の保母や先輩の父母、子供たち、みんなに育てられています!

 私は、この保育を是非多くの人に、知ってもらいたいと願っています。私たちの感動を是非、みなさんに感じてもらいたいと考えています。この岡部の地にふきのとう保育園がしっかり根を張り、たくさんの元気な子供たちが巣立っていくことを心より希望しています。


「ふきのとう保育園に入園して」   卒園児母


 この保育園に見学にきた時、子どもたちが砂場で泥だらけになり水遊びをし
ている元気の良い姿にとても感動し入園を決めました。息子が三才六ヶ月の時でした。そのころはまだ言葉も単語ぐらいで歩くのも遅く、階段もやっと昇れるくらいでした。また、斜め上を見て歩く癖もあり、テーブルの廻りをぐるぐるまわるくせもあり、とても落ち着きのない子どもでした。入園したばかりの時は、リズム体操もほとんどできなくていつも頭を悩ませる毎日でした。

 二ヶ月後、保育園の紹介で理学療法士の先生の診察を受けました。
「筋肉が柔らかく、神経の緊張も高く、足の末端に行くほど緊張が高くなり、動作が鈍く、踏ん張りもきかない。」と言われました。その後は、理学療法士の先生から指導をうけた体操も行い、保育園の芝生の坂も登れるよう努力させました。

 ロールマットも毎日の日課です。体の緊張が取れるようにし、また早寝早起きをさせ、生活のリズムが身に着くよう努力しました。最近になってからですが、休日にはなるべく(主人も一緒に)近くの山に行って歩くようにしています。TVもなるべく見ないようにしています。その成果でしょうか、斜めを見て歩くことも、ぐるぐる廻ることもほとんどしなくなり、言葉も、今まではオウム返しがほとんどでしたが、自分から話し掛けることが多くなりました。今では保育園に行くのが楽しくて仕方がないようです。お弁当の日は、リュックを背負って遊びに行くのがとてもうれしそうです。

 また、つい先日、園のお友達の家に、ほかのお友達と一緒にお泊まりさせていただきました。主人は「途中で帰りたいと泣き出すんじゃないか」と言っておりましたが、後で聞いたところ、そんなことは無く本人はとても楽しかったようです。

 今にして想いますと、少しずつではありますが、よくここまでなってくれたと
胸が熱くなる思いです。 主人も「ふきのとう保育園のおかげだね」と夫婦共々、感謝しております。


「ふきのとう保育園に入園して」    2歳児母


 もうすぐ、ふきのとう保育園に入園して一年になろうとしています。
息子は生後17日目で肺炎を起こして入院して以来、半年間で四回入退院を繰り返していました。病院の担当の先生に体の弱さを相談したところ「子どもは太陽と水と土があればいい」とのことでした。

 ちょうどその頃、親しくしていた保母さんから「保育の力」と「医療の力」とで丈夫な身体がつくれるとアドバイスもうけ、ふきのとう保育園を紹介されました。夫と、すぐ保育園を見学に行ったのですが、その環境の素晴らしさと、木で作られた園舎の暖かさ、それに何より園長先生の暖かさに触れ、入園を決めました。

 現在、母子通園で通っていますが、小さい時に土,水に思う存分触れ遊
びきるということ手足の先の感覚を大事にするということなど、子育ての基本ともいうべき親の姿勢を学ぶことができ、息子以上に親が成長することができたと感謝の気持ちでいっぱいです。

 おかげで「保育と医療の力」両輪を得て、入退院を繰り返していた息子も今では筋肉隆々の身体で以前とは比べものにならないほど積極的に、また、丈夫になってくれました。

 早期知的教育が叫ばれるなか、他人と比べてあせる親の気持ちもよくわかりますが、小さい時しかできないこと、親一人ではやらせてあげることのできない本来の子どもの姿を引っ張り出してくれる「ふきのとう」の保育は素晴らしいものだと思います。もっともっと多くの人に広めたい気持ちでいっぱいです。


「ふきのとう保育園に入園して」    卒園児母


 我が家は両親共働きのため、息子は小学校入学まで六年間の保育園生活を過ご
した。そのうちの年長と年中の二年間をふきのとう保育園にお世話になった。

 息子が生後十ヶ月の頃、岡部町はもとより深谷市、本庄市までも色々な保育園を見学して歩いた。そんな中ふきのとうにもお邪魔したが、何やら自由に遊んでいるだけで規律もなさそうで不思議に思った。また、保育料も高かったことなどから別の園に入園を決めた。

 当時、私自身の子育ての方針は人に迷惑のかけない正義感の強い子を育てることだったので、しつけには厳しく、子どもらしい(今にして思えば)悪さをした時もどんなに小さくても言って聞かせるようにしていた。時にはお行儀が悪いと手を叩いたりもした。公文のドリルをやらせたり、ピアノを教えたり、幼児期の教育は大切と色々手を尽くした。

 そんな日々を重ねていくうちに、息子は爪噛
みをしたり、絵を描いてもいつも自動車だったり迷路だったりした。大きい声もあまりでなくなり、歌を歌うことを嫌がった。朝、保育園に送っていくと何時に迎えにくると涙目でたずねることも多かった。何かこのままでよいのか疑問を感じる日々が続き、たくさんの子育ての本を読んだ。その頃には息子を天才にしようという気持ちより、何とか伸びやかな明るい笑顔を取り戻し、いじいじした面を取り除いてあげたいという気持ちでいっぱいだった。親として反省することばかりだった。

 全面的に環境を変えよう、子育てをし直そうと、再びふきのとう保育園に息子を連れ見学に行った。その日のうちに息子に友達ができ、保育園の庭に大きいスコップで穴をひたすら掘った。また、給食は自分で食べられるだけ盛りつけ、仲良しの友達と好きな場所で食べていた。普通の保育園なら当番が配膳するまで座って待っている時間があるのだが、ふきのとう保育園は、いつも自分のことを自分で考えて行動していて、子どもにとって目的もなくただ座って待たされる時間がないのである。いつも子ども達の目がきらきらしている様子に感動し、入園を決意した。

 入園当初、息子はみんながやっていてもピアノにあわせたリズムや絵を描くことはやりたがらなかった。いつも隅に立って様子をうかがっていた。普通の保育園ならばいっしょにやろうよと促すのであろうが、保母さんたちはそっとしておいている。ある日、懇談会で「○○ちゃんが自分でやる気になるまで待ってあげることが大切なのよ」「やりたくても自信がないから。ほら、良く人のやるのは見ているでしょう。あれで参加しているのよ。」と言われた。

 三ヶ月が過ぎる頃、初めて自分からリズムの輪に入った。それからの成長は本当にびっくりした。教わらなくても何でもみんなと同じようにどんどん出来るのである。絵も描き始めた。迷路ではなく、お母さんとお父さん,おうちなど、生活の様子や、その日にあったことを描くようになった。

 毎日たくさんの動物たちの世話をし、長い園舎の雑巾掛けをし、おもいっきり遊ぶ。バケツ何杯もある粘土で好きなだけ創作する。日に日に青白い顔が日焼けし、食欲も増した。毎年雨が続くと出る吐息も出なくなった。

 年長児になると、園外の体験をたくさんする中で子どもを育てるという保育園の方針の通り近くのあらゆる山に登り、国立の施設などを利用し合宿をしながら、海,高原と保母さんが連れていってくれた。また、プラネタリュウムや音楽鑑賞なども、良いものを選んで参加させてくれた。

 現在、子どもは小学生になった。当たり前だが一日を学校で過ごしている。これから、この子の学校生活は、ほとんど机と椅子と共に過ごす。親として選べる教育環境は、小学生以降非常に限られている。

 子どもの個性に合わせた保育をしてくれる保育園はなかなか無い。ふきのとう保育園で時間に縛られず、自由にやりたいことをやったこと、たくさんの体験を積んだことが、これからの生きる力になってくれると信じている。


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